色んなとこで色んな方に伺ったので、そろそろ自分でも纏めることにします。
オタクくさく語る(つもりでいる)ので、要注意!
わたしにとっての『MUSIC』は手段。正確には、手段の一つ、というべきかな。
世界に触れるために存在する媒体、そのひとつです。
手段は他に幾つもあって、趣味の範囲で言えば読書だって旅行だってそう。
これを考え出すと、わたし(だけじゃないはずなんだけど!)はきっと、コンペイトウみたいにデコボコしたかたちで世界と触れ合ってるんだろうなぁって思うよ。手段の数だけツノがあるの。自分の知りうる範囲なんて限りがあることを十分に判ってるから、その上で出来るだけ多くのものに触れたいっていう信条の発露です。
来るもの拒まずって訳じゃないけど、出来る限り機会があった物事にマイナス意識は持ちたくないし、良いものはいいよねって素直に言えるようになりたいなぁ。とは言っても、やっぱヤなもんはどうしたって受け容れたくない(頑固!)上に、そこに嘘は持ち込みたくないので、仕方なしなとこもありますけど。
あ、因みにいつもこんな小難しいこと考えて音楽聞いてる訳じゃないよ、念のため。
単純に音楽がすきなんです。手段として、なんて考えなくても必要なの。まあ…深層心理ではなんか色々思ってるのかもしれないけど、単に『すきだから』って思う程度にしておきたい心地。苦笑
時間さえあったら、もっと旅行にも行きたいし読書だって沢山したいんだけど、今のところイチバンお手軽なのが音楽なんだよなぁ。
だからって別に『NO MUSIC,NO LIFE』ではないんだよね。ここまでの流れで書いてる通り。まあこのコーポレート・ボイス自体、『音楽があることでいかに生活が豊かになるか』っていう意味合いぐらいで(うろ覚えだけど)、別に音楽がなかったら昼も夜も明けないっ!っていうものじゃないんだけど。
でもって『LIFE』は循環。因果応報だとか輪廻転生って訳じゃないけど、色んなもの、縁とか感情の類とかあとは現実的なとこでいうとお金とか(笑)って、全部が全部、大小様々だけど流れに乗って回ってると思うんだよね。生きてく事って結局、その環の中に加わることでしょ。
ついでにこっから先は結局人は一人じゃ生きてけないんだー、なんていうより観念的な話になるので省略。
ついでにこの流れでEさんが『目が見えなくなるのと耳が聞こえなくなるのだったらどっち選ぶ?』というネタを出していましたが、わたしだったら断然目よりも耳を優先します。あくまでも現段階だけど。耳が聞こえなくなること、は想像以上に世界を狭く、孤独にするよ。まあこのままでいったら、わたしは将来的にどっちの機能も失くすんだと思うけど。視力は段階的に弾みを付けて低下中で(それでも都合上コンタクトが出来ないので、普段は意地んなって裸眼で生活してます)、そんでもって未だに聴力は万全の回復には程遠い状況です。まだまだ片方聞こえてない時の方が多いもの(体質に薬が合わない)うー、不便!
ってことでみなさん、五体大切にしてね!!(まさかのオチ)
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あ、そんでもってねえさんに私信。
MUSICはLIFEで、LIFEはMUSICだそうですよ。
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